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南部鉄器 -特性を知り、自分で育てる鉄の調理器具-

愛用の定番品
岩鋳社の鉄瓶 https://iwachu.co.jp/product/ より引用

 南部鉄器といえば急須が有名で、アラレと呼ばれる細かい表面突起で覆われた独特の形状がすぐに頭に浮かぶかもしれません。

 南部というのは岩手県の南部地方を産とすることから冠せられた地名で、特に盛岡地域の鉄器が今に至るも広く愛用されています。南部の中でも地域によって差はあるものの、殊に盛岡地域においては江戸時代から地場産業として栄えてきました。

 私は家でお茶を飲むことが少なく、著名なる南部の急須を愛用してはおりません。しかし、調理機器としての南部鉄器は長年愛用しており、フライパン、すき焼き鍋を各1種、鉄鍋を2種、合計4つの鉄器を日々の調理に活用しています。

私の愛用する南部鉄器。すべて岩鋳社 (岩手県盛岡市)のもの。
  • 鉄の調理器具なんて、材料がくっついてしまってタイヘンなんじゃないの?そんなものより、テフロン加工した器具の方がよほどよいのでは?
  • あんな重たい器具を、なぜ選ぶの?アルミや銅の器具の方が使い勝手がいいのでは?

なんて声が聞こえてくるかもしれません。もちろん、南部鉄器が万能の調理器具というわけではなく、苦手な分野だってあります。しかし、上記の2点については、次のように答えることができます。

● テフロン加工器具 vs. 鉄器
 テフロン加工というのは表面張力の小さなフッ素系のコーティング材料で金属の表面をコートする加工で、コート表面が水や油を弾くため、材料のこびりつきや焦げ付きをある程度抑止することができます。しかし調理器具の表面は高温にさらされ、またトング等でガシガシ削られることからテフロンコート層は徐々に劣化し、おおむね1年もすれば「どんな材料もくっつけてしまう、まるで役に立たないフライパン」として廃棄せざるを得なくなります。つまり、長年愛用することができない運命にあるのです。
 一方で、鉄器はくっつきやすい、焦げ付きやすいと誤解されることもあるようですが、理屈を知ったうえで使いこなせば、鉄器の表面が食材を捉えて離さない、なんてことは起こらないのです。鉄器は正しく使えば徐々に使い勝手がよくなっていく、つまり育てていくことができるのです。
 鉄器を使う上で理解せねばならぬのは、① 鉄の表面に化学吸着した吸着水の存在と、② 多孔体たる酸化被膜への油の浸透です。
 ① 鉄の表面に付着した水は逆さにすれば落ちますし、布巾で拭いたり軽く加熱することで容易に除去できます。これは、この種の水と鉄の表面とは緩い物理吸着 (電子の授受を介さない吸着)で結ばれているに過ぎないからです。ところが、水の中には鉄の表面と強固な化学吸着 (電子の授受、つまり化学反応を介した吸着)で結ばれるものもあり、これらは吸着水と呼ばれます。吸着水は、拭いたり軽く熱したりすることでは除去できません。吸着水が鉄表面に残った状態で食材を投入すれば、食材表面の水分が吸着水を介して鉄と強固に結ばれてしまう、つまりくっついてしまったり焦げ付いてしまったりの現象が起こるわけです。
 では、吸着水を除去するにはどうすればいいのか?非常に簡単なことです。吸着水が乖離するだけの熱を、調理前に加えてやればいいのです。鉄表面を250℃以上にまで加熱すれば吸着水は乖離しますので、そののちにちゃんと油を引いて食材を投入すればくっついたり焦げ付いたりすることはないのです。ステーキを焼くときのように、低温で調理したい場合はどうすればいいのか?いったん乖離した吸着水がすぐに再付着するということはありませんから、まず表面を熱して吸着水を飛ばし、温度を冷ませたのちに調理をすればよいだけです。
 そして② 多孔体たる酸化被膜への油の浸透は、とりもなおさず鉄器を「育てる」ことに直結します。鉄の表面は酸化被膜に覆われますが、この皮膜は小さな孔で形成された多孔体 (軽石のようなものを、想像してください)です。毎回の調理の前後で鉄表面に油をなじませることで、多孔体により油が浸透し、油の層ががっちり留まった最強の表面を手に入れることができるのです。

●軽い鍋 vs. 重たい鉄器
 調理器具は金属で作られますが、アルミや銅、薄い鉄板のような「軽い器具」と鉄器のような「重い器具」の2種類に分けられます。何が違うのでしょうか?
 食材への加熱、いわゆる火入れでは、金属器の持つ2つの特性を秤にかけ、適切な器具を使うことが料理をおいしく仕上げるコツのひとつです。特性のひとつは熱伝導、もうひとつは熱容量です。一般的にこの2つの特性はトレードオフの関係 (どちらかに優れればもう片方は劣る関係)にあり、両立しません。アルミや銅、薄い鉄板は熱伝導に優れますが熱容量は小さく、重たい鉄器はその逆の性質を持ちます。前者は熱しやすく冷めやすい、後者はなかなか温度が上がらないが一旦上がれば冷めにくい、と言い換えられるかもしれません。
 チャーハンや焼きそばのような料理の場合、熱が欲しい時、例えば野菜を投入した直後に温度を上げ、食材の水分を飛ばすことが大切です。一方で、長時間熱をキープしておく必要はありません。こうした場合は熱伝導性のよい金属器の方が適します。
 天婦羅を揚げる時、タネを投入するたびに油の温度が下がるのでは、おいしく仕上がりません。温度の低い種を次々に投入しても油の温度を下げないためには、熱容量の大きい金属器の方が適します。また、鍋物やすき焼きのように比較的長い時間温度をキープしておきたいような場合も、いったん熱したらなかなか冷めない、熱容量の大きい金属器の方が適します。逆に、熱が欲しい時に火に近づけてもなかなか温度があがらない鉄器は、チャーハンを作るのにはまるで向かないのです。

 料理によって向き不向きがあるので、一概に鉄器が優れるというわけではありません。しかし、重く頑丈な鉄器は手入れさえ怠らなければ世代を超えて愛用できる可能性を秘めていますし、「育てる」楽しみがあるため、それが向く料理には積極的に活用しています。
 以下、私の所有する鉄器の利用法について簡単にご紹介します。

【小型フライパン】

 もっとも出番の多い鉄器が、こちら小型のフライパンです。鉄器特有の大きな熱容量を活かし、肉料理、餃子、スペインオムレツ、魚の煮付け等々、大活躍です。肉を焼いた場合、そのままアツアツの状態でサーブできるのもいいですね!

【蓋付き鍋】

 煮物に使おうと考えていましたが、今や無水調理器として大活躍です。シッカリと熱した鍋に、洗ったままのブロッコリー、ほうれん草などなんでも放り込み、3分ほど待てばもう出来上がっています!煮るのに比べて野菜の緑の発色が鮮やか、また栄養素が抜け出すことがないといったメリットがあります。枝豆、ニンニク、トウモロコシも、洗ったまま放り込むだけで焼き枝豆、焼きニンニク、焼きトウモロコシの出来上がりです。

【鍋】

 夏場はお休みいただいていました。これが活躍するのは、モチロン冬です。鴨や鶏の鍋がおいしく出来上がります!

【すき焼き鍋】

 こちらも、夏場はお休みをいただいていました。肉を軽くあぶって食べたあと、具材を敷き詰め割り下を投入。割り下の投入前は、鍋を少し冷ましてください。割り下が一気に蒸発してしまいます!

 ここで、鉄器の使用上の注意を2点。
 一つは、使用後に洗剤を使って洗わないこと!鉄器を温めたのち、たわしでこするだけでOKです。保管前は薄く油を引いてください。
 もう一つは、鉄器を最高潮に熱した状態で水をかけないでください!!これは、非常に危険です。鉄器の熱エネルギーが一気に水蒸気に変換され、大やけどを負う可能性があります。冷めてては汚れは落ちにくいですので、少し温めてから洗う程度にしてください。

 南部鉄器は基本的に分厚く熱容量の大きい調理器具を得意としますが、新潟には薄く熱伝導を優先した調理器具を得意とするメーカーもあるようです。私はまだ試したことがありませんが、今後は後者にもトライしたいと考えています。

 南部鉄器の代表的なメーカーである岩鋳 (いわちゅう)、および及源 (おいげん)へのリンクを示します。どうぞ、南部鉄器の世界を存分にお楽しみください。

 薄い鉄器については、金属器で有名な新潟三条市のプリンス工業などが製品展開しているようです。しかし、私はまだこれらを試したことがないため、現時点でのコメントは差し控えます。

 本記事の執筆にあたり、私の持っていた知見に加え下記の資料を参照させていただきました。
1. 南部鉄器の化学 (八代仁、及川秀春, 化学と教育, 64巻5号, 2016)
2. 金属酸化物への水の吸着熱 (森本哲雄, NETSUNOSOKUTEI, 7 (2), 1980)
3. 料理と鍋: 熱伝導と熱容量 (ぶつぶつ物理, 2010年7月25日)

今回は、ここまで。
次の機会にお会いしましょう!

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