大阪市に大正区という区があります。
大正区は淀川水系と大和川水系に運ばれた土砂でできた大阪湾に浮かぶ三角州の一つであり、江戸初期から人が棲んでいたそうです。特に戦後になって沖縄からの移住者が急増し、「リトル沖縄」と呼ばれるほど、いまでも沖縄色の強い地域のようです。
三角州であるということはつまりは島、現在はいくつかの橋が整備されていますが、昔ながらの渡船もまだ現役で活躍しています。
大阪市内には市の運営する渡船場が8つありますが、うち7つまでもが大正区と別の区を結ぶものです。大正区と関係しない唯一の渡船は天保山渡船で、港区天保山と此花区を結んでいます。
以下に、大阪市が運営する渡船場のマップを示します。マップは大阪市の該当ページにリンクさせていますので、詳細をお知りになりたい方はクリックしてください。
大阪市にまだ渡船が残っていることを知ったのは、ほんの偶然です。
大正区はリトル沖縄というけれど、まだ行ったことなかったっけかな、と思いサイクリングに出かけました。すると2ヵ所ほどの渡船場を見付け、え?まだ渡船があるんだ!ちょっと乗ってみようか、ということになった次第です。
渡船場、それから渡船はこんな感じです。
下は大阪市営の落合下渡船場と出航を待つ渡船の写真です。
写真の落合下渡船場、その起源について正式な記録はないようですが、天保10年の「大阪湊口新田細見図」にはこの位置に「ワタシ」の表記があるそうです。
しかし、風情がありますね~。どこからか、寅さんがふらりとやってきそうです。
この渡船、区民の足としてしっかりと機能しているようで、土日の昼間でも15分おきに出航します。
ベルが鳴り、出航の時間になりました。
自転車と共に、乗船します。ちなみに、私以外のお客さんはママチャリのおじさん1名でした。このときはたまたま空いていただけで、対岸では10名弱のお客さんが乗り込まれました。料金は、なんと無料でした。往路はオヤジ2名でしたが、復路では多くの方が利用されていました。運航員は、2名です。
この風景、いつまで見ることができるのでしょうか。私の好きな湯治場と同様に、渡船も時代の波間に呑まれつつある絶滅危惧種のひとつかもしれません。
ご興味のおありの方は、ぜひ今のうちに。
今回は、ここまで。
次の機会にお会いしましょう!
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